「声優になりたい。でも、レッスン料や生活費を払う余裕なんてどこにもない……」
そんな不安を抱えて立ち止まっていませんか?
今から37年前、声優の道を目指し始めた私も、全く同じ壁にぶつかりました。経済的な理由で夢を諦めたくなかった私が選んだのは、住み込みで働く「新聞奨学生」という道でした。
結論から言えば、新聞奨学生をしながら声優を目指すことは可能です。しかし、それは想像以上に過酷な「自分との戦い」でもありました。
今回は、私が実際に経験した3:30起きの地獄のルーティンと、その過酷な日々が今の私に何を残したのか、その本音を赤裸々にお話しします。
1. 3:30起床、1日の睡眠時間は?地獄のタイムスケジュール
新聞奨学生の生活は、1分1秒が勝負です。当時の私の1日は、まさに「分刻み」で動いていました。
| 時間 | スケジュール内容 |
| 03:30 | 起床。すぐに専売所へ向かい、朝刊の配達準備・スタート |
| 07:30 | 配達完了。専売所に戻って朝食(住み込みの食事) |
| 08:30 | コンピュータ専門学校へ出発(平日の学び) |
| 13:30 | 帰宅。束の間の休憩、または集金業務 |
| 16:00 | 夕刊配達開始 |
| 18:00〜 | 集金業務、自由時間(自主練習)、翌日に備えて就寝 |
さらに日曜日の午前中(10:00〜12:30)は、週に一度の声優養成所に通っていました。
平日は専門学校、日曜日は養成所、そして毎日の配達と集金。休まる暇は一瞬もありませんでしたが、「自分は今、他の誰にもできない挑戦をしているんだ」という自負だけが、当時の私を支えるエネルギーでした。
2. 肉体よりも精神を削る「凍結した路面」と「集金の闇」
新聞配達の過酷さは、決して早起きだけではありません。30年以上経った今でも忘れられない、心が折れそうになった2つの瞬間があります。
ヤマハ・メイトと雪道での転倒
私の担当地区は約370部。専売所の中でも多い方でした。
ある雪の日、タイヤにチェーンを巻いて愛車のヤマハ・メイト(原付)を走らせていた時のことです。新聞の重みでバランスを崩し、凍結した路面で派手に転倒してしまいました。
路上にバラ撒かれた新聞。冷たい雪。かじかむ手。
「何やってるんだろう、自分……」
静まり返った早朝の道路で、寒さと情けなさから涙がこぼれそうになったのを覚えています。
終わりのない集金と理不尽な怒声
さらに精神を削られたのが、月末の「集金」です。
夜遅くに伺っても留守ばかり。未払いを防ぐために、学生だった自分が自腹で立て替えることもありました。
また、ある時は「新聞が届いていない」と電話をかけてきたお客様がいました。一応再配達に向かい外からポストの投函口の中を見ると新聞が入っている…。先に入っていた分厚い通販カタログの後に新聞が引っ掛かって見えなかったようでしたが、新聞が出てきた際、その方は謝るどころか「どうしてそういう小細工をするんだ!」とさらに激昂。
悔しくてたまらず、「神様に誓ってそんなことはしていません!」と大きな声で正直に訴えました。しかし全く信じてもらえず、「帰れ!」と。しかし、こうした理不尽な経験さえも、図らずも声優に必要な「人間観察」や「感情の爆発」を学ぶリアルな場になっていたのかもしれません。
3. 配達中こそが「自分だけの最高の稽古場」だった
過酷な仕事時間ですが、ただ耐えていただけではありません。
私は配達中、バイクのエンジン音に紛れて、大きな声で台詞を暗唱していました。原付に乗っている時間は、誰にも邪魔されない「自分専用の稽古場」だったのです。
また、集金先で出会う様々な人々——。
「この人はなぜ今、こんなに怒っているのか?」
「このお年寄りは、どんな人生を歩んでこの言葉をかけてくれたのか?」
街の呼吸を感じ、人々の感情に触れる日々は、すべて演劇の肥やしになりました。机の上だけでは学べない「生きた人間」を観察できたことは、大きな財産です。
4. 挫折、そして残った「不屈の精神」
正直にお話しします。私は体力的な限界もあり、最終的に最初の養成所を半年ほどで退所してしまいました。その点は今でも悔いが残っています。
しかし、新聞奨学生として駆け抜けたあの日々は、私に「強靭な精神力と肉体」を授けてくれました。
ひ弱だった私の体には筋肉がつき、何より「あれだけの苦労を乗り越えたんだから、何が起きても大丈夫だ」という揺るぎない自信がつきました。その自信は、35年経った今の人生を支える大きな柱となっています。
5. これから新聞奨学生を目指す若者へ
もしあなたが今、「お金はないけれど、どうしても声優になりたい」と新聞奨学生の道を考えているなら。
「おすすめしますか?」と聞かれたら、私は「はい」と答えます。
もちろん、生活は想像を絶するほど厳しいです。しかし、プロの声優として生き残る厳しさは、それ以上かもしれません。この過酷な環境を根性で切り抜けられたなら、あなたは声優業界という荒波で生き残るための「基礎体力」を既に手に入れているはずです。
制度を賢く利用してください。そして、泥臭く夢を追ってください。道は、必ずあります。
あとがき
新聞奨学生時代の習慣はいまだに体に染み付いています。35年以上経った今でも、喉を慣らすための『外郎売(ういろううり)』を、何も見ずにスラスラと暗唱できるのが私の密かな自慢です。