2000年、私は洋画『BLINDED(ブラインデッド)』の日本語吹き替え収録に出演しました。
私は最終的にプロの声優にはなりませんでしたが、このときは実際の作品の台本を渡され、収録スタジオのマイク前で演じています。
そのとき使用した台本は、26年が経った2026年の現在も手元に残しています。台詞のある役だけでなく、収録当日に指示されたガヤにも参加しました。
収録では緊張で膝が震え続け、音響監督からはマイクへの声の入り方や、演じる人物が着けていたマスクを声でどう表現するかについて具体的な指示を受けました。
この記事では、現在も残る実物の台本とともに、私が初めて経験した洋画吹き替え収録を振り返ります。
『BLINDED』吹き替えに出演
『BLINDED』の吹き替え収録に参加したのは2000年です。
当時の私は、声優を目指してアミューズメントメディア総合学院(AMG)などで学んでいました。
養成機関では練習用の教材や台本を使ってマイク前の演技を経験していましたが、実際に作品として収録される吹き替えに出演するのは、私にとってまったく違う経験でした。
台本の出演者欄に自分の名前があるのを見たときには、うれしさと同時に、「これは練習ではない」という緊張を感じたことを覚えています。
26年前の吹き替え台本を公開
以下は、『BLINDED』の吹き替え収録で私が実際に使用した台本です。



26年後の現在、あらためてこの台本を見ると、当時の収録の様子を思い出します。
私にとってこの台本は、単なる古い資料ではありません。声優を目指していた時期に、実際の吹き替え作品へ参加したことを振り返ることのできる記録です。
収録中は膝が震え続けた
収録スタジオに入り、実際にマイクの前へ立つと、自分でも予想していなかったほど緊張しました。
演じている間、自分の膝がガクガクと震え続けていたのです。
養成機関でもマイク前で演技する練習は経験していました。それでも、実際の作品を収録する場で感じた緊張は、私にとって別のものでした。
台本を見ながら台詞を言い、指示を聞き、再び演じる。その間も膝の震えがなかなか止まりません。
26年経った現在でも、台詞だけではなく「膝が震えていた」という身体の感覚まで覚えています。それほど私にとって印象の強い収録でした。
音響監督から「深い」と指摘
『BLINDED』で音響監督を担当していたのは、本田保則さんでした。
本田さんは、私がアミューズメントメディア総合学院で学んでいたときの先生でもあります。
今回の収録で特に記憶に残っているのが、本田音響監督から「深い」と指摘されたことです。
このとき言われた「深い」は、私の声がマイクに近かったり、声が大きかったりして、監督からすると声が入りすぎている状態を意味していました。
そこで、深い状態の反対となるように「浅く」するよう指示されました。
私は養成機関でマイク前の練習をしていましたが、実際の収録で音響監督から声の入り方を具体的に修正されたことは、強く記憶に残っています。
なお、「深い」「浅い」という言葉については、ここでは2000年の『BLINDED』収録で私が実際に受けた指示と、そのとき説明された意味を記しています。すべての吹き替え現場で同じ意味や使い方をする、と一般化するものではありません。
マスク役で受けた演出
さらに、この収録では声の入り方だけではない指示を受けました。
私が演じた人物はマスクを着けていました。
本田音響監督から「浅く」するよう指示されたのに加えて、役がマスクをしているため、手で口元を覆って台詞を言うよう指示されたのです。
私は実際に、口元を手で少し覆った状態で台詞を言いました。
声だけで演技するというと、感情の込め方や声色を変えることに意識が向きがちです。しかし私はこの収録で、演じている人物の状態に合わせ、声の聞こえ方そのものを変えるための演出を実際に経験しました。
私にとっては、養成機関で学んできたことが実際の作品収録でどのように使われ、さらにその場で音響監督からどう修正されるのかを知った経験でもありました。
予定外のガヤにも参加した
『BLINDED』では、事前に決まっていた自分の配役だけで収録が終わったわけではありません。
現場で指示を受け、予定していた配役以外のガヤにも参加しました。
ガヤとは、作品の中で聞こえる群衆などの声です。
私はこの経験から、収録へ行けば事前に想定していたことだけを行うとは限らないのだと実感しました。
もちろん、これは私が2000年の『BLINDED』収録で経験したことであり、すべての吹き替え収録で予定外のガヤを担当するという意味ではありません。
台本全体を読んで収録に備えた
私は自分が担当する台詞だけではなく、『BLINDED』の台本全体にも目を通していました。
これは、ガヤを担当することを事前に知っていたからではありません。
初めて実際の吹き替え収録へ参加する私には、現場で何が起きるのか分かりませんでした。そのため、「読んでいないより、読んでおいた方がいい」と考え、自分の出番以外も読んで準備していました。
結果として、実際の収録では予定していた配役以外のガヤにも参加することになりました。
ただし、「台本を全部読めば急な仕事にも対応できる」という一般的な法則として言いたいわけではありません。初めての現場を前にした当時の私が、不安もある中で自分なりに行った準備です。
書き込みから収録を思い出す
2000年当時、私が手にしていたのは紙の台本でした。
そこには、収録へ向けて確認したことや、自分なりの書き込みが残っています。
26年後の現在、その台本を開いて書き込みや使った跡を見ると、当時の緊張や収録の様子が思い出されます。
だから私にとって、この台本は「きれいに保存された記念品」というより、声優を目指して実際に収録へ参加した時期の記録に近いものです。
養成所と収録現場で感じた違い
私は声優を目指す中で、複数の養成機関で合計約7年間学びました。
マイク前の演技についても練習していましたが、『BLINDED』の収録では、練習とは違う緊張を感じました。
自分の声が「深い」とその場で修正される。役がマスクをしていることに合わせて口元を手で覆う。予定していなかったガヤへ参加する。
私にとって、こうした一つひとつが実際の作品収録で初めて経験したことでした。
養成機関での練習が無意味だったわけではありません。むしろ練習してきたものを持って現場へ行き、そのうえで作品に必要な演技へ修正してもらう経験をしたことで、練習と実際の収録は同じではないことを実感しました。
まとめ:26年後も残る収録経験
- 2000年に洋画『BLINDED』の日本語吹き替え収録へ出演した
- 収録で実際に使用した台本を2026年現在も保管している
- 実際の収録では緊張で膝が震え続けた
- AMGで指導を受けていた本田保則さんが同作品の音響監督だった
- 声が「深い」と指摘され、「浅く」するよう演出を受けた
- マスクを着けた役のため、手で口元を覆って演じるよう指示された
- 予定していた配役以外に、現場の指示でガヤにも参加した
- 現場で何が起きるか分からないと考え、自分の台詞以外も含めて台本を読んでいた
- プロ声優として活動を続けることはなかったが、この収録経験と台本は現在も残っている
私はその後、プロの声優として活動を続けることはできませんでした。
それでも2000年に『BLINDED』の台本を渡され、スタジオへ入り、マイクの前で演じ、本田音響監督から演出を受けた経験までなくなるわけではありません。
26年後の今も手元にある台本を見ると、膝が震えていたこと、「深い」「浅く」と指示されたこと、口元を手で覆って台詞を言ったことまで思い出します。
私にとって『BLINDED』の台本は、声優を目指していた時代に、実際の吹き替え収録へ参加したことを今に伝えてくれる記録です。