AMGで声優を学んだ5年間|実際に受けた授業と講師の思い出

私は1995年から2000年まで、アミューズメントメディア総合学院(AMG)で声優を目指して学びました。

当時は基礎科、研究科、デビュー科に在籍し、発声や腹式呼吸、朗読、アテレコ、ラジオドラマ、テレビドラマ形式の演技、舞台演技など、さまざまな授業を経験しました。

鈴木れい子先生、水本完先生、向井真理子先生、津久井教生先生、竹内正男先生などから実際に指導を受けたことを、今でも覚えています。

さらに在籍中には洋画吹き替えの学内オーディションを受け、その後、AMGのインターン枠で洋画『BLINDED(ブラインデッド)』の日本語吹き替え収録にも参加しました。

当時使用したAMGのテキストも、2026年の現在まで保管しています。

この記事では、約30年前のAMGで私が実際にどのような授業を受け、先生方からどのような指導を受けたのか、手元に残る教材と自分の記憶をもとに振り返ります。

AMGで実際に使ったテキスト

AMGでは、さまざまな文章や課題が収録された厚いテキストを使用していました。

アミューズメントメディア総合学院(AMG)で実際に使用した声優レッスン用テキストの表紙
アミューズメントメディア総合学院(AMG)で実際に使用した声優レッスン用テキストの表紙

表紙はベージュ系の厚紙で、私が使用していたものには「覚えてますか」「やぎさんのごちそう」、川端康成『雪国』、芥川龍之介『蜘蛛の糸』など、授業で使用する文章が収録されていました。

AMG声優養成の授業で使用した「覚えてますか」の教材
AMGで実際に使用していたテキストの「覚えてますか」

テキストの後半には、声優プロダクションの過去のオーディション原稿のコピーもまとめられていました。

現在のAMGで同じ教材が使われているという意味ではありません。ここで紹介しているのは、私が1990年代後半に在籍していた当時の教材です。

鈴木れい子先生の基礎授業

鈴木れい子先生の授業では、身体を使ったウォーミングアップや腹式呼吸、会話の演技などを行いました。

記憶に残っているのは、足を開いて腰を落とし、両手を膝に置きながら上体をひねって身体をほぐす運動です。その後、床に仰向けになって腹式呼吸の練習も行いました。

鈴木先生からは授業中、ご自身が合気道をしていることも聞きました。

「覚えてますか」で会話を演じる

教材の中にあった「覚えてますか」を使った演習も印象に残っています。

「覚えてますか?」と相手へ話しかけるような、日常の会話に近い内容です。

普段なら何も考えずに行っている会話でも、「演技として自然に話そう」とすると簡単ではありませんでした。

私にとって、自分が普段どのように人へ話しかけ、どのような間や声で会話しているのかを考える授業になりました。

水本完先生のアテレコ授業

水本完先生の授業では、映像に合わせて声を入れるアテレコも経験しました。

特に覚えているのが、『爆裂エトレンジャー』を題材にした授業です。

巨大な鳥型ロボットが「浄化!」と叫ぶ場面を、生徒がグループごとにアテレコしました。

生徒側が演じた後、実際の作品で収録された音声も聞きました。

続けて聞いてみると、私には声の伸び方や映像への合わせ方が大きく違って聞こえました。「自分たちは、まだ映像に合わせて声を表現することが十分にできていない」と感じたことを覚えています。

もう一つ強く記憶に残っているのが、水本先生のジェスチャーです。

先生は胸の前に両手を出し、それを外側へ開くような動きをしながら、「もっと自分の表現を外へ、表へ出して!」という趣旨の指導をされていました。

約30年経った現在でも、そのときの先生の手の動きと一緒に思い出すことができます。

向井真理子先生の朗読授業

AMGの朗読授業で使用した「やぎさんのごちそう」の教材
向井真理子先生の授業でも使用した「やぎさんのごちそう」

向井真理子先生の授業では、「やぎさんのごちそう」などを使った朗読を行いました。

この授業で私は、課題の文章を丸暗記して発表したことがあります。

周囲の生徒がテキストを見ながら読んでいる中、私は文章を覚え、手元のテキストを見ない状態で向井先生の方を見ながら朗読しました。

発表後、向井先生からは、暗記までして発表したことは評価できるという趣旨の言葉をいただきました。

上手く読めたから褒められたというより、発表するために文章そのものを覚えてきた姿勢について評価していただいた、と私は受け取っています。

津久井教生先生のスタジオ授業

津久井教生先生の授業では、AMG内の収録スタジオを使った実習も経験しました。

生徒がブース内で演じるだけではなく、交代でコントロールルームにも入り、他の生徒の演技をブースの外から聞きました。

演じる側だけではなく、収録された声を別の場所から聞くという経験は、当時の私には新鮮でした。

「Dream of Dreams」のアドリブ

津久井先生の授業で覚えている課題の一つに、「Dream of Dreams」があります。

ラジオドラマのタイトルコールのように「Dream of Dreams」と言った後、その続きを自分のアドリブで表現するという課題でした。

私は「Dream of Dreams……夢……」と続け、「夢」の部分をゆっくりと、広がりを持たせるようなイメージで発声しました。

決められた台詞を正確に読むだけではなく、与えられた言葉から自分で続きを考えて声で表現する授業だったことが印象に残っています。

日常会話の吹き替えも経験

津久井先生の授業では、『セサミストリート』を題材にした吹き替えも行いました。

私が経験したのは人形のキャラクターを演じる課題ではなく、普通の人間同士が会話している場面の吹き替えです。

特徴の強いキャラクターを作るのとは違い、日常的な会話を不自然にならないように演じることに、私は難しさを感じました。

竹内正男先生の演技授業

竹内正男先生の授業では、マイク前だけではなく、テレビドラマ形式の撮影や舞台形式の演技も経験しました。

テレビドラマ形式の授業では、演じることだけでなく、私はカメラケーブルの移動など撮影の補助にも積極的に参加していました。

授業中、私が先生役を演じたこともあります。

その中で「……どういうこと?」と、少しとぼけた感じで演じたところ、竹内先生が大笑いされたことを覚えています。

舞台形式の授業では主役に

その後、同じ竹内先生による舞台形式のクラスにも参加しました。

このクラスでは半年ほどかけて一つの作品を作り、私は主役を任されました。

テレビドラマ形式の授業で裏方の作業にも積極的に参加していたことと、後の舞台で主役に選ばれたことに直接の因果関係があったのかは分かりません。竹内先生から「積極的だったから主役にした」と言われたことはないからです。

事実として私が覚えているのは、竹内先生の授業では演技以外の作業にも自分から参加しており、その後、同じ先生の舞台形式の授業で主役を任されたということです。

当時の私が授業で積極的に行動していたことについては、実際に作成した自己紹介リフィルとともに別の記事でも紹介しています。

>>声優養成所で一番に手を挙げた私の体験

洋画吹き替えの学内オーディション

AMGで学んでいた時期には、実際の洋画吹き替え出演につながる学内オーディションも経験しました。

私が受けたのは、洋画『アトランティック・プロジェクト』の吹き替え出演オーディションです。

私はこのオーディションで合格をいただきました。

ただし、私は『アトランティック・プロジェクト』そのものには出演していません。

同作品については他の生徒が出演に選ばれ、出演枠が埋まりました。

その後、オーディションに合格していた私に、本田保則先生から次のAMGインターン枠がある作品として声をかけていただいたのが、洋画『BLINDED』でした。

その結果、2000年、AMG在籍中に『BLINDED』の日本語吹き替え収録へ実際に参加することになりました。

在籍中に『BLINDED』へ出演

2000年にAMG在籍中の吹き替え収録で使用したBLINDEDの台本
2000年の『BLINDED』吹き替え収録で実際に使用した台本

『BLINDED』の収録では、実際の作品の台本を渡され、スタジオのマイク前で演じました。

本田保則先生はAMGで私が指導を受けた先生でもあり、この作品では音響監督を担当されていました。

収録では、私の声がマイクへ入りすぎている状態を「深い」と指摘され、「浅く」するように言われました。さらに私の役がマスクを着けていたため、口元を手で覆って台詞を言うよう演出を受けています。

予定していた配役以外に、現場の指示でガヤにも参加しました。

このときの収録については、実際に使用した台本の配役ページや台詞ページとともに、別の記事で詳しく紹介しています。

>>洋画『BLINDED』の吹き替え収録を体験したときの記録

AMGで学んだ5年間を振り返る

1995年から2000年までAMGで学んだ中で、現在も記憶に残っている授業は数多くあります。

  • 鈴木れい子先生の授業で身体をほぐし、腹式呼吸や会話の演技を行った
  • 水本完先生の授業で『爆裂エトレンジャー』を使ったアテレコを経験した
  • 向井真理子先生の授業では課題を暗記して朗読し、その準備を評価していただいた
  • 津久井教生先生の授業では収録ブースとコントロールルームの両方を経験した
  • 「Dream of Dreams」に続けてアドリブで表現する課題にも取り組んだ
  • 竹内正男先生の授業ではテレビドラマ形式と舞台形式の演技を経験した
  • 竹内先生の舞台形式の授業では主役を任された
  • 洋画吹き替えの学内オーディションに合格し、その後『BLINDED』の収録へ参加した

私はその後、プロの声優として活動を続けることはできませんでした。

それでも、AMGで先生方から直接受けた指導や、授業で演じたときのこと、スタジオへ入ったときの経験までなくなるわけではありません。

約30年後の現在、手元に残っている当時のテキストを見ると、「覚えてますか」を使った会話、向井先生の前で暗記して行った朗読、水本先生の手の動き、津久井先生の「Dream of Dreams」、竹内先生の舞台など、それぞれの授業を思い出します。

現在AMGで行われている授業と、私が在籍していた1990年代後半の授業は同じとは限りません。この記事は現在のカリキュラムを説明するものではなく、1995年から2000年に実際にAMGで学んだ一人の元受講生の記録として残しています。

>>『BLINDED』吹き替え収録の体験談

>>養成所で毎クラス自己紹介リフィルを作った体験

>>勝田話法研究所で実際に受けた指導

>>声優への道~私の経験