35年消えない「声の魔法」–勝田声優学院で得た外郎売(ういろううり)が、マジシャンとしての私を支える理由

声優志望者なら誰もが一度は耳にし、あるいは暗唱に励む「外郎売(ういろううり)」。

歌舞伎の演目として知られるこの長台詞を、35年間、一度も欠かさず唱え続けている人間がどれだけいるでしょうか。

私の物語は、1991年。後の「勝田声優学院」となる勝田話法研究所の門を叩いたあの日から始まりました。結果として私はプロの声優にはなりませんでしたが、7年間に及ぶ修行の成果は、今も私の喉と心、そして現在の表現活動のすべてに深く刻まれています。

1. 1991年、勝田先生の「赤本」と格闘した1ヶ月

入所して突きつけられた最初の壁。それが「外郎売」の完全暗記でした。

当時は社会人として働きながらの通学でしたが、仕事の合間を縫って、勝田久先生独自の教本——後にアクセルワンの森川智之氏らが継承していく「赤本」のルーツとも言えるテキスト——をボロボロになるまで読み込みました。

単に文字を追うのではありません。一音一音の「強弱」と全体の「流れ」を数珠繋ぎのように感覚で身につける作業です。

さらに、講師を務めていらした野沢雅子先生からは、プロの神髄を教わりました。

「最小限の息継ぎ回数で読み切る」

この極限のブレスコントロールへの挑戦は、喉で喋るのではなく、体全体を楽器にするという「表現者の土台」を私に叩き込んでくれました。

2. 「日常」が稽古場になる:35年間、声にしなかった年はない

暗記してから35年。自慢できることが一つあります。それは、この35年間で「外郎売を一度も口にしなかった年」が一年たりともないということです。

通勤中の道、風呂の中、あるいは台所で炊事をしている時。

「拙者親方と申すは……」

そのフレーズは常に私の傍らにありました。

人が容易には真似できない「35年の継続」は、いつしか圧倒的な定着力となり、自分自身の血肉となりました。この自負こそが、何かを表現する者に与えられる最高のリターン(高揚感)であり、観客に「良い意味でのショック」を与えられる力の源泉になると信じています。

3. マジック界での衝撃:トランプマンの同僚たちが驚いた「通る声」

この「声の基礎」は、思いがけない場所で最大の武器になりました。それはマジックの世界です。

かつて私がトランプマン氏も所属していたマジック事務所に身を置いていた頃、多くのプロマジシャンからこう尋ねられました。

「どうすれば、そんなに後ろまで通る声が出るのか?」と。

マジック書籍の付属DVDにマジシャンとして出演した際も、発声の基礎があったからこそ、不思議さを損なうことなく「伝える」ことができました。

マジックは指先の技術だけでは成立しません。お客様の意識を誘導し、現象を正しく伝えるためには、聞き取りやすい「声」が不可欠なのです。

4. 外郎売は、私が声優を目指した「証」

「かつてプロを目指して修行していた」という言葉は、誰にでも言えます。しかし、言葉だけでは過去を証明することはできません。

「今、ここで何かやってみて」

そう言われた時、即座に、そして完璧に「外郎売」を演じてみせること。これこそが、私が20代の貴重な7年間を費やした修行の、最も純粋で分かりやすい成果です。35年前の自分と、今の自分が地続きであることを証明する唯一の手段なのです。

5. まとめ:基礎は、あなたを一生裏切らない

今、声優を目指して焦っている若い皆さんに伝えたいことがあります。

「早くデビューしたい」「最新のテクニックが欲しい」という気持ちは痛いほど分かります。しかし、感情を乗せるための「体(器)」ができていなければ、せっかくの表現も届きません。

35年経っても色褪せない「基礎」を大切にしてください。

それは、あなたが声優として歩む道であっても、あるいは別の道に進んだとしても、あなたを一生守り続ける「お守り」になります。

私の喉に宿る「外郎売」は、今日も私に自信を与えてくれています。


外郎売とは、アナウンサーや声優が滑舌の練習に使う歌舞伎の口上です。

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